お芝居への感受性

昨日、演劇を観た。

 

音楽劇でだったのだけれど、なかなか面白く観れた。

 

けれど、このごろ思うのは、

自分の感受性が子ども頃よりも鈍麻したのかなあ、、、ということ。

いや、いまも子どもみたいなものなんだけど。ね。

 

昔、音楽の授業でシューベルトの『魔王』や、

ムソルグスキー作、ラヴェル編の『展覧会の絵』の中の「小人」という曲を聞いたときは、

夜、シャワー浴びてるときに目をつぶるのが怖くなった。

 

芸術鑑賞会といって年に一度演劇や映画を見る会が小学校でも中学校でもあって、

小学校の時に観た音楽劇(『走れメロス』?だったと思う)では、周りがへらへらしている中で一人涙ぐんでいたし、

中学校の時に観た映画『青い鳥』(阿部寛主演の)では、ボロボロ泣いていた。

 

 

今も一人でアニメ見てるときに泣いていたりすることもあるけれど、

演劇に関してはそんなに泣くことは少なくなってきている。

 

高校時代に演劇部に所属していて、

お話の筋以外の点にも意識が分散してしまうためだろうか、

それとも、ひねたものの見方が身についてしまったためだろうか、

はたまた別の理由によるものだろうか、

 

なんであれ、少し残念。

 

昨日、

劇世界に没頭している最中に、

ふと演技している役者さんが、

芝居がかって見えた。

 

いや、芝居なのだから芝居がかっていて当然なのだけれども、

外国の、かつ時代も違う作品で、「それらしい」話し方が当然なのだけれども、

どうしても途中で、ふっと劇世界との間に距離ができてしまう瞬間が幾度もあった。

 

昔は訳も分からずに観ていたけれど、それなりに心動かされた。

今は自分がどのように感じたのか、またどのように鑑賞できるのか、ほんの少しずつ言葉にできるようになってきてはいるが、以前のような衝撃的なものは少なくなってきているような感じがある。

 

救いとしては、まだ観劇後の余韻に浸ることができていること。

歩きながら、電車に揺られながら、観てきたばかりの芝居のことを思い出し、考えることができていること。

 

これすらなくなったら、寂しいと思う。