他人ごとじゃない作品――夏目漱石『坑夫』と格闘中

こんにちは。

小山内藤花です。

 

最近読書が楽しいです。

文章書いているせいもあってか、他人の文章に対しての興味が高まっているんだと思います。

 

そうした中で、以前一度読んだことのあった、夏目漱石の『坑夫』という作品を読み始めました。

 

坑夫 (新潮文庫)

坑夫 (新潮文庫)

 

 

小説ではない小説

この小説は、都会の人間関係で抱えた葛藤から出奔した青年が、あてどなく歩いていった先で出会った周旋人に言われるがまま坑夫になり、労働環境最悪な銅山で働くという話を回顧録的につづったものですが、筋らしい筋はありません。

小説の最後でも、

――自分が坑夫に就ての経験はこれだけである。そうしてみんな事実である。その証拠には小説になっていないんでも分る。

と、書いてあるくらい、漱石の小説の中でもこの作品は異色のものとして扱われております。

 

自分が持っている版の解説(三好行雄、昭和51年5月)によれば、

朝日新聞に連載開始予定だった島崎藤村の『春』の執筆が遅れたことにより、その間の穴を漱石が埋めることになったといいます。そして、それ以前、自分の経験を小説にしてほしいと申し出た青年に、一度は個人的事情だからと断っていた漱石でしたが、急遽、彼の坑夫での経験を小説にすることになったのです。

 

そうして時間がない中、構想を練る時間もないまま、他人の経験を用いて書き出された、

という事情もあって、このような起承転結のない話になった、といいます。

 

心の研究

一人の青年が、銅山へ行き、坑夫となって働くという事実が、ドラマチックな仕掛けもなく連なっているわけですが、

この作品において特筆すべきことは、逐一の出来事に対峙したときの青年の心のあり様を、細かく研究していることです。漱石風に言えば、己の心緒を解剖している、といったところでしょうか。

 

とにかく内省に割く文量が多い印象を受けます。

これこれこういう心の状態で、こうしてきたのだが、ここに至ってこのようなことが起こったから、またこういう心の状態になったのだと、

 

読む人が読んだら、「ああもうくどい」と叫んでしまいそうなほど。

 

しかし、その中のある一つの主張が、自分にとっては大切なような気がしてくるのです。

 

他人ごとじゃないこと――無性格論、落ちぶれ

自分はまだ読み返し始めたばかりで、それほどページ数が進んでいませんが、

自分にとって重要だなあ、忘れたくても気になるなあ、と思う考えが、物語の序盤からつづられています。

 

それは、無性格論、と先ほど挙げた三好氏の解説中では使われていましたが、

心がずっと変わらないなんてことはあり得ない、

というものです。

 

本作中の例を挙げると、

自分を他人扱いに観察した贔屓目なしの真相から割り出して考えると、人間程的(あて)にならないものはない。 約束とか契(ちかい)とか云うものは自分の魂を自覚した人にはとてもできない話だ。 又その約束を盾にとって相手をぎゆうぎゆう押し附けるなんて蛮行は野暮の至りである。大抵の約束を実行する場合を、よく注意して調べてみると、どこかに無理があるにも拘らず、その無理を強いて押し隠して、知らぬ顔で遣って退けるまでである。決して魂の自由行動じゃない。

といったもの。

 

一つの物事に対しても、昨日と今日とではまるで感じ方が違ってしまっている不思議は、自分も経験するところです。

 

 

また、もう一つ自分が惹きつけられているのは、

これを経験してくのが、元々そこそこいい家の出である青年というところ。

 

滅ぶつもりで家を出てきた青年が出会うことになるのは皆、彼よりも社会的身分が下の人たち。

それを彼自身感じていたようなのだけど、どうもそうでもないらしい、と思うようになります。

また、滅ぶつもりのくせに汚いものを見ると辟易したり。

 

お坊ちゃんが社会の最下層の世界と出会って生じる心の動きが結構おもしろかったりします。

 

まとめ

今回紹介させていただいたのは、夏目漱石の『坑夫』という作品。

連載の事情もあって、

これといった山場もないまま出来事とその時の事細かな心情の移ろいが列挙されていく、漱石の作品群の中でも異色のもの。

 

しかし、無性格論を始め、気になって仕方ない叙述が出てきたりして、

この作品は、自分の中では他人事じゃないものと感じます。

 

 

 

今のところ辞書を引きまくって1日10ページくらいの速度で読んでいますが、

果たしてどれくらい良い読みになるのやら……

 

苦労は多いですが、その分面白いと感じる部分も多いので、

引き続きじっくりじっくり読んでいきたいです。

 

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。